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当施設の歴史と変遷

【名前の由来】

 現在では、避暑地として世界的に有名な軽井沢町。人口18,000人の同町には約15ものキリスト教会があり、沖縄についで教会が多い所としても有名です。明治19年、カナダの宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーは家族と一緒に、この軽井沢町でひと夏を過ごしました。 高級別荘の多い鹿島の森、旧ゴルフ場、外国人がスワンレイクと呼ぶ雲場の池に囲まれた約6100坪の土地に、「恵みシャレー軽井沢」はあります。
 「シャレー」とは、スイスにある羊飼い用の小屋のことです。急勾配の三角屋根が特徴的であり、当施設でもこの建築様式を多く使用しています(大チャペル・小チャペル・玄関等)。人里離れた山の高い所で、スイスの羊飼いが神様の近くにいると感じたように、訪れる人が休息し霊的にリフレッシュし、また、さらに神様に近づける場所となるように願い、「恵みシャレー軽井沢」と名付けました。

【タイガード宣教師のビジョン】

 「恵みシャレー軽井沢」のルーツはタイガード宣教師の働きにあります。タイガード宣教師の最初のビジョンは中国宣教でした。しかし、1949年(昭和24年)中国での伝道の門戸が閉ざされ、アメリカへ帰る途中、宣教師が集まっていた軽井沢を訪問しました。そこで日本の山間僻地にまだ福音が伝えられていないことを知り、未伝地に福音を伝える日本人の伝道者を養成するため、この場所を購入して軽井沢聖書学院を設立しました。

【軽井沢聖書学院の閉院】

 当時の神学生たちは、家畜を飼い畑を耕し、自給自足生活をしながら講義を聴き、伝道実習に出かけて行きました。訓練を受けた学生達はタイガード学院長の宣教師としての生き方に深く感銘を受け、大きなビジョンを与えられました。聖書学院の働きは22年間継続されましたが、1971年(昭和46年)諸般の事情により、最後の一人の卒業生を送り出した後閉院されました。
 その後も軽井沢クリスチャンセンター(KCC)の名でキャンプ場としての働きは継続されましたが、1977年(昭和52年)タイガード宣教師が天に召されたのを機に、アメリカの理事会は軽井沢の土地と建物をTEAM(The Evangelical Arriance Mission)に売却し、日本での活動を打ち切ることになりました。

【TEAM宣教団の取り組み】

 タイガード宣教師によって始まった軽井沢のバイブルカンファレンスのビジョンはTEAM宣教団に受け継がれ、新しくTEAM宣教団の軽井沢クリスチャンセンター理事会(KCC理事会)によって運営されることになり、ショーン宣教師とジェンセン宣教師がその任に当たりました。


KCC理事会といのちのことば社との協力運営へ】

 KCC理事会は、当施設を主の働きのために更に活用しようと新しい運営方法を決定し、1987年に「いのちのことば社伝道グループ」に経営の責任を委託することにしました。そこでマクビティ宣教師がその運営の指揮を引き継ぐことになり、KCCは独立したミニストリーとしての働きを継続しながら、いのちのことば社伝道グループの一部門となりました。
 名称もこのとき「恵みシャレー軽井沢」(MCK)と改められました。その後、各種施設の新築や改築が行なわれ、通年宿泊可能な「リトリートセンター」として位置づけられています。  現在、各教会の修養会、ミッションスクールのオリエンテーション・自然教室・修養会、MCK主催の聖書の学びやクリスチャンライフを豊かにするセミナー、さらにクリスチャンファミリーやグループでの宿泊等、多岐にわたって利用されています。

【TEAM宣教団からいのちのことば社への全面譲渡】

 TEAM宣教団のルールの中に、「宣教地の教会や諸施設が、その国のメンバーで十分運営できるようになった場合、所有権をその国のリーダーに委ねる」という一項があります。
 2007年TEAM宣教団はその精神に従い、「恵みシャレー軽井沢」を「いのちのことば社」(スウェーデン同盟キリスト教団 SACM)に全面譲渡しました。ただし、名称及び活動内容はTEAM宣教団の考え方を踏襲しており、基本的には何ら変更はありません。

[いのちのことば社ホームページへ]

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